社長自ら家族とシリコンバレーに移住してリモートで会社経営 ―なぜ、社員を会社に縛りつけない働き方が企業競争力を高めるのか?

Yosuke Noda |

株式会社プリンシプルは2011年に設立されたデータ解析コンサルティング会社です。2013年にGoogleアナリティクス認定パートナー(GACP)となり、アクセス解析を軸にリスティング広告、SEO、GTM導入などを支援しています。

日本では17社しかいないGACPとして、大手企業を中心に100社以上のマーケティングパートナーを務める一方で、パパ・ママ向け情報サイト「日経DUAL」が主催する「共働き子育てしやすい企業ランキング2017」に選出されるなど、社員が働きやすい環境づくりにも力を注いでいます。

「働きやすい環境づくりが、企業の競争力を高める」と語る同社の楠山健一郎代表取締役社長は、2016年7月からシリコンバレーに家族揃って移住し、「リモートで会社を経営」という究極のリモートワークを実践しています。帰国中の楠山氏に、プリンシプル流の働き方についてうかがいました。

プリンシプルを軸にすべてがWin-Winであること

――楠山社長は現在シリコンバレー在住です。社長自らリモートワークで働くために、工夫したことは何でしょうか。

楠山:リモートワークを始める前に気になっていたのは、ちょっとした会話がなくなるということです。社長からの声掛けがあれば、やはり社員のモチベーションは上がります。これを補うにはどうしたらいいのかと考えていました。

IMG_6306_2.jpgシリコンバレーに移住してからは、社員との連絡はビデオ電話が中心でした。しかしこのDouble Robotics社のロボットが入社してからは、ロボットを使って朝会や会議に参加しています。大きなタイヤがついていて、自由に動き回ることができるし、コンセントなんかを踏んづけても倒れない。走行する音も静かなので、いつのまにか社員の後ろに移動して、私が話しかけるものだから驚かれます。

――一般的なビデオ電話と何が違うのでしょうか。

楠山:私自身、このロボットを通して話したことなのか、対面して話したことなのかがわからなくなるくらい違和感がありません。座っているときの高さと、立っているときの高さに目線を調整できるので、面と向かって話している感じがします。

このロボットは、シリコンバレーで出会った企業の実際のデモを見て、実際に自分がリモートで使ってみて、そうしたら本当にすごく良かった。柔軟な働き方を推進するには、こうしたテクノロジーの力が本当に大きいと思っていますし、少し遊び心ある最新テクノロジーの買い物も面白いと思っています。

――シリコンバレーへの移住を、社員の方々にはどう説明されましたか。

楠山:私は海外で働くことが夢でしたが、仕事で行く以上は自分の夢と会社の事業やビジョンが結びついていないといけない。私は常に個人と組織、それからお客様といったあらゆることがWin-Winであることが重要だと思っているので、しっかり説明しました。

プリンシプルはGoogleアナリティクス認定パートナーですから、Googleのお膝元であるシリコンバレーに居れば、最新の情報が入ってくるというメリットが得られます。2017年2月からシリコンバレーでの研修制度を始めましたが、海外研修があるということも、社員のスキルアップやモチベーションの維持につながるでしょう。

また、私が夢を叶えたことで、「この会社なら、自分がやりたいことを実現できる」と思ってもらえることで、会社のブランディング、採用面でもインパクトになると考えています。

 

方向性を見える化し、数字を共有する

――移住した当初、課題となったことは何でしょうか。

楠山:日本を離れたことで初めて、一部の社員に依存した属人的な体制になっていたことに気づきました。会社の変化は数字と人に出ます。まず売り上げが落ちた。そして設立して初めて、複数人の退職者が出ました。数字と人がダメになってくると、社内の雰囲気も悪くなるんですよね。

そこで社内のあらゆることを「見える化」することにしました。シリコンバレーには古くからのスタートアップ集積地であるが故のノウハウ蓄積があり、その一つにスタートアップが成長していくうえでベースとなるフレームワークがあることを知りました。各企業が自社を拡大していくために、適切なフレームワークを導入しています。こうしたビジネスノウハウも、私が移住したからこそ知ることができたと思っています。

向こうのベンチャー企業で支持されているフレームワークの一つ、「Traction: Get a Grip on Your Business」という本にある「The EOS Model」と呼ばれるフレームワークを参考に、プリンシプルの向かう地図を社員で共有しました。「プリンシプルWAY」も見える化のための工夫です。3年後に目指す収益や利益目標、業界でのポジションや会社の在り方を記した名刺サイズの冊子です。

「The EOS Model」や「プリンシプルWAY」を活用すると同時に、会社の数値を社員に共有するオープンブック経営を実践しています。経営状況は、社員にとって遠い数字になりがちですけど、うちは毎週生の数字を公表しています。数字による見える化はすべての業務に共通していて、例えば社員の満足度なども、定期的に満足度調査を行いながら確認し、改善に努めています。

――デジタルではなく、紙を活用しているんですね。

楠山:社員が一定数増えてくると、社長が考えていることを伝えるには、デジタルだけでは難しいと考えました。プリンシプルには、「People Group」と呼ばれる、人に関わることを担う部署がありますが、そこの社員が、常に「プリンシプルWAY」を行動の軸にするように全員に呼びかけてくれています。何かある度に「プリンシプルWAY」を見ながら判断するので、例えばどんな人を採用して、どこに配属させるべきなのかといった判断に迷いが生じなくなりました。

「プリンシプルWAY」には部署ごとの「ROCKS(四半期の最優先事項)」を書き入れていますが、これは社員で話し合って決めてもらっています。権限委譲することで、社員に当事者意識を持ってもらうための工夫です。

 

会社に縛りつける働き方は、先進的ではない。正社員が週3日勤務で副業OKも

――シリコンバレーで学んだこと、ご自身の仕事観の変化があれば教えてください。

楠山:何よりも重要なのは、夢や希望を語れるかどうか。自分には本気で実現したいことがあるんだと、熱量を持って語れない人は信用してもらえない。情熱とか夢のほうが、ビジネスモデルや儲かりそうなアイデアよりもはるかに重要です。

最初は恥ずかしかったですよ。単身でシリコンバレーに乗り込んできたお前は誰だ、英語の話せない変なアジア人といった感じだったと思います。でも、あえて日本人同士で群れず、現地ネットワークに飛び込みました。キーマンになる人と出会い、人脈が広がっていきましたね。

そこで自分を大きく見せようとするとダメで、悩みや葛藤を素直に話すと、「俺もかつて同じ気持ちだった」という共鳴が、共通言語になるんです。それは会社経営にも通じるところがあって、社長の威厳とかにこだわっていてはダメ。自分よりも優秀な人を採用して、優秀な人と課題を共有して、弱みも見せながら助けて欲しい、というスタンスで、そしてその人たちから刺激や勇気をもらって自分も成長する。逆に優秀な人にも苦手なところがあるんだと知ることで、競うのではなく、自分の強みを出せばいいと思えるようになりました。

――優秀な社員だからこそ、去っていくことは考えられませんか。

楠山:優秀な人ほど起業したり、他社から声がかかるもの。人材の流出は防げないと思いますが、プリンシプルでは、例えば正社員でありながら週3日勤務で副業OKという働き方を選択できるようにしています。

安定した収入を得ながら副業できれば、社員のメリットになります。社員を週5日囲うというのは、今後はより難しくなっていくと思いますよ。起業した社員を出資といった形で応援すれば、結果としてこちらにも人材とつながりつつ新しいシナジーや業務提携などのメリットが生まれます。

こうした働き方の柔軟性は、家族を最優先に考えて働きたいという社員に対しても同じです。そのために育児休暇制度も独自に取り組んでいます。個々がやりたいことを実現できる企業になることが、最終的にはプリンシプルの競争力を上げると考えています。

もちろん事業が伸びていなければ、社員の働きやすい環境を整えることで競争力が上がるんだと説明しても全く説得力がありませんが、当社は今年の9月末に昨年対比で48%の収益増を見込んでいます。一定の成果は出ているんじゃないかと感じています。

――企業の競争力は“人”であるということですね。

楠山:そうです。ちなみに、「共働き子育てしやすい企業ランキング2017」にも社員が応募してくれました。People Groupというチームで社内広報の役割も担っているその社員は、自主性の塊みたいな人で、次々とアイデアが出てきます。育休明けに最初はアルバイトとして入社して現在も大活躍しているバックオフィスのヒーローですね。ワンマン社長のもとでは、社員からのアイデアって出にくい。柔軟にアイデアを出しやすい風土にして、社員に自走してもらいたいです。

売り上げとしてのパフォーマンスだけでなく、会社が良くなるために、主体的に関わることができる人が評価されるということを、結果として見せることも大事。そこは常に意識しています。

 

(PROFILE)

楠山 健一郎(Kenichiro Kusuyama)
株式会社プリンシプル 代表取締役社長

1973年埼玉県生まれ。1996年国際基督教大学(ICU)卒業。シャープ株式会社、株式会社サイバーエージェントを経て、2001年トムソン・ロイターグループに入社。「ロイターco.jp」を立ち上げ、急成長させる。2007年同社のメディア事業部門の日本責任者となり、プレジデント社と「プレジデント・ロイター」等立ち上げる。株式会社オークファンの執行役員事業統括を勤めた後、2011年株式会社プリンシプル設立。

株式会社プリンシプル https://www.principle-c.com/

 

執筆:吉川ゆこ / 撮影・企画編集:野田洋輔