エイチームCFO岩切邦雄氏 ― 銀行出身者がIT企業に転職してわかったスキルより大事なこと― The Road to CFO

Yosuke Noda |

 CFO(Chief Financial Officer)とは、企業の最高財務責任者です。企業の財務管理において最高の権限を持つ人という印象がありますが、企業によってCFOが果たす役割や求められるニーズは異なります。自社のニーズをくみ取り、自身の提供できる価値を正確に把握することが、CFOとしてキャリアを歩む第一歩なのかもしれません。

 Back Office Heroes編集部では、企業におけるバックオフィス(コーポレート部門)のトップであることが多いCFOのキャリアに焦点を当てていきます。今回は、スマホゲームの人気タイトル『ヴァルキリーコネクト』『ユニゾンリーグ』や引越し比較・予約サイト『引越し侍』など、様々な事業を展開するユニークな会社、株式会社エイチーム執行役員CFO兼財務経理部長の岩切邦雄氏に話を伺いました。


 

社員と会社が共に成長するために、挑戦し続けるエイチーム

――貴社の事業内容を教えてください。

岩切: 当社の事業の主軸は3つです。1つは、引越し比較・予約サイトの『引越し侍』や、結婚式場情報を紹介する『ハナユメ』など、人生のイベントや日常生活に密着した比較サイトなどの企画・運営・開発を行う「ライフスタイルサポート事業」。 2つ目は、「人と人とのつながり」をテーマに、『ヴァルキリーコネクト』や『ユニゾンリーグ』といったスマートフォン向けアプリやゲームを企画・開発・運営している「エンターテインメント事業」。そして3つ目は、自転車専門通販サイト『cyma(サイマ)』など、大型商材を中心としたECサイトの企画・開発・運営を行う「EC事業」です。

 当社はゲームやエンターテインメントのイメージが強いかもしれませんが、近年は特に「ライフスタイルサポート事業」の成長に勢いがあります。

 当社の社名には、「チーム」という言葉が入っています。これが、自分にとっても会社にとっても重要な意味を持っていると考えています。自分のためだけではなく、自分のチーム、集合体としての会社やグループの成長を共に目指し、掛け値なしに喜び合える社員ばかりで、そういう社風を持つことが当社の強みだと感じています。

 

成長著しい業界を知らずに終わりたくない

――財務経理部の仕事内容や体制について教えてください。

岩切: エイチームは現在、グループ連結で従業員数1,000名弱の会社で、CFOの私が部長を兼務している財務経理部には2つのグループがあります。1つは、財務全般の企画や計画策定と実行管理、資金や税務等を担当する財務企画グループ。もう1つは、アカウンティング(財務会計)とグループ企業の経理を含めた事務支援を担当する経理グループです。各グループに10人ほどの社員が所属しています。

 以前は、財務経理の業務は管理部内の一つのグループで行っていました。独立した組織ではなく、人数も小規模でした。今後の成長による会社の規模拡大に備え、また社員の専門性の成長を図るために、2018年4月に今の財務経理部を立ち上げました。

 

――エイチームに転職した理由を教えてください。

岩切: エイチームの経営企画から「成長に向けて財務部門の強化を図りたい」と声をかけてもらったことがきっかけです。当時、私は54歳、メーカーで経営企画を担当していました。銀行からメーカーに転職した頃から、職業人の総仕上げとして55歳以降に自分は何をやりたいかを考え始めていました。まさに55歳を迎えようというときに声をかけてもらったわけですが、正直、初めはエイチームという社名すらも知らなかったくらいです。

 その後、代表取締役である林と会う機会を提案されました。実際は、面接だったことを当日知りました(笑)。「IT起業家で成功した人は、どんなことを考えているのだろう」という興味から会うことを決めたのですが、実際に林に会って、私は「あっ」と思ってしまった。この人の会社で仕事がしたいと思ったんです。

 それでも、土地勘のないIT業界へこの年で転職すること自体に迷いがあったのも事実です。しかし同時に、世界をけん引する存在となったIT業界のことを知らずに職業人を終わるのもつまらないと思いました。銀行員時代は製造業のクライアントが多く、その後もメーカーにいましたので、ITやエンターテインメント関連の接点は少なく、この成長業界をこの目で実際に見てみたいという気持ちを強くしました。

 もう一つの大きな動機は、当社の社員は20~30代が中心だったということです。私は、会社でおそらく唯一の50代です。成長することに貪欲な若い人たちを自分の経験でサポートし、チームや会社の成長に少しでも貢献したい、その中で自分自身も再度成長していきたい。そう思ったことが大きかったです。55歳から残りの10年で自分がやるべきことが明確になりました。

 今、チームの若いメンバー達と実際に仕事をしていて、彼ら彼女達の毎日の成長を感じることが、最大のやりがいになっています。

 

銀行員らしくない経歴が、自分の幅を広げた

――岩切さんは、銀行員としてキャリアをスタートされますね。

岩切: そうです。1985年に大学を卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行しました。銀行、興銀に入った動機は、幅広い産業やビジネスを勉強できる場だろうというくらいの軽いものでした。しかし、実際に働いてみたら組織も人間力も本当に魅力的で、徹底的に「よく学び・よく働き・よく遊ぶ」を実践している社風でした。興銀時代の最初の転機は、20代で営業から本部企画に異動したときです。業績不振企業の対応を集中検討するチームでした。ここで「サウンドバンキング(金融機関の経営における、健全性や安全性を重視する理念)」とは何かを徹底的に叩き込まれました。

 90年代、ニューヨークに5年間赴任しました。ここでは、当時まだ日本にはほとんど導入されていなかった様々な新しい金融取引手法に直接携わりました。この2つの期間、通算10年ほどの経験が、自分の職業人としての骨格となったと思っています。当時の同僚が「この仕事は脳みそと肝臓を徹底的に痛めてやる仕事だ」と言いましたが、質量ともに正にそういう時代でしたし、結局ずっとそれをモットーにしてきたように思います。

 その後、興銀がみずほに統合されることとなったことから、東京に戻ります。本部で海外の統合業務を担当した後、証券会社への出向時代も含めて投資銀行業務と言われる仕事が中心になりました。銀行・証券の時代を通じて、担当インダストリーは自動車・電機を中心とした製造業がメインでした。当時のリーディングカンパニーのダイナミズムを経験させてもらいました。

 結果的に、私は、いわゆる銀行員としてよく連想される商業銀行業務や支店業務に就いたことがありません。同僚からは、お札も数えられないとからかわれたことがあるくらいです(笑)。幅のある非連続的な業務をコーポレートファイナンス中心に経験できたことが、結局、興銀に就職したころの「なんとなくの理由」を実現し、今の自分の職業人としての引き出しを増やしたと思っています。

 2013年、二度目のニューヨーク赴任を終え、銀行からメーカーに移ります。精密電子部品、自動車部品の会社の経営企画を担当しました。バンカーだったとき、クライアント側の組織に入りこんで仕事をしていた自負はあったので、企業経営のことはそれなりに理解していたつもりでした。しかし、実際に事業会社で自らが経営企画の旗を振ることとなってみて、それまでの視点とは異なる「会社の経営とは」「各々の企業文化とは」という物事の新しい見え方に多く気づきました

 5年間のメーカー生活は、海外での工場閉鎖やM&A、アライアンスから経営方針の取りまとめ等々、陣頭指揮を執る機会を得ました。本当に壁の突破と発見の連続でしたが、自分の持ち味をどのように活かせるか、逆に学ばなければならないことは何かを徹底的に考え、実行したという面で、バンカー時代とは異なる意味で倍速の成長を感じた日々でした。

 

提供できる価値とニーズを正しく把握する

――銀行員としてのスキルが、現在の仕事に活かせている点はどこでしょうか。

岩切: 私は、自分の30年以上の経験が若い世代の人たちに新しい価値観やチャレンジをもたらすことができるのではないかと思い、転職してきました。ですが、「銀行員のスキルがあればCFOとして活躍できるか」といったステレオタイプな議論はすべきではないと思います。「何を経験してきたか」ではなく「どのようにその経験に取り組んできたか」という蓄積があった上で、対象となる企業の価値観に合わせて、その引き出しの中から価値をアレンジして提供していけるのかということです。

 しかし、エイチームのようなIT業界の成長企業に転職して、改めてわかったこともあります。例えば、銀行は人材も含めたリソースが豊富です。組織や意思決定メカニズム、情報や知恵出しなど、様々な整備がされていて、それが大きなチェーンとなり、巨大な組織を動かしています。ところが、全く異なる世界へ飛び込めば、直近まで組織の長として大勢の部下を抱えていたとしても、一から自分で考え、自分で手を動かし、自分で実行しなければならないこととなります。

 それに対して、「つまらないこと」とか「プライドが許さない」と感じてしまうか。それとも、自らの直接的な手触り感やその変化を楽しめるかが、異なる環境に飛び込むうえではスキル以上に重要だと思います。幸いにも私は、幼少時から環境変化に慣れていたこと、銀行の退職後にかなり個性の強いメーカーで異文化を先に経験していたことが、今ではとても大きかったと思います。

 これからを支えていく若い人たちに、自分の経験とそのアウトプットの仕方が、新しい「ワクワク感」をもたらすことができるかを、エイチームにおいて私は特に大事にしています。会社には文化や理念があり、チームにはチームワークがあり、一人ひとりのチームメンバーには各々の夢もあります。これらを軽視して、座学の解釈や方法論を性急に押しつけることは、得策ではないでしょう。仮にCFOとしてすばらしい経営戦略を立てられたとしても、チームの心を一つにし、皆に「腹落ち」させる努力を怠れば、結局、実行に移すことはできないということを常に肝に命じていきたいと思います。

 

業務の効率化は、社員が考える時間を奪わないため

執務エリアのフロア間をつなぐ独創的な移動手段「すべり台」

 

――入社後に着手したことは何でしょうか。

岩切: 私が入社した当時は明確な財務機能がなく、上場以降の急激な業容や取引メニュー拡大を受け、経理は比較的経験の浅い最小メンバーでルーティンの経理業務や決算をこなすのが精一杯という、いわゆる事務部門でした。とても「次のこと」まで考えるに至らないように見えましたし、会社ではこのチームを「バックヤード」と呼ぶ人もいました。

 もちろん、経理がしっかりとした担当範囲の事務を実行するのは大前提です。しかし、財務経理が、会社のために本当にやらなければいけない仕事は、その先にあります。決算や計数は、全社・全員が努力の末に築き上げた言わば「成績表」です。これを専門集団として取りまとめ分析し、能動的に課題や改善点を「ファクト」で見つけ、更に次の「成績表」に向けた予測や提案を行う。そうやって正しくタイムリーな情報を提供することで、経営者から新卒社員まで全員が「考える」ことができるようにするのが、非常に重要なミッションなのです。

 当時のチームのベクトルを変え、モチベーションを変えるためにまず必要だったことは、財務経理のメンバー各々が、自分自身あるいはチームとして自ら「これから」を考えること。その考える時間を創出するために、既存の業務の徹底的な見直しと効率化に着手し具体化することでした。

 林から言われたことの一つに「(社員が)考えることを奪ってはいけない!」というのがあります。業務の見直しに加え、陣容も強化した目的は、「考えるための」物理的な時間を獲得することだけではありません。業務改善を通じて、メンバーの一人ひとりが「自ら考える」「実行する」「効果を自ら得る」、その繰り返しを促すことにありました。改善が進み出すことで得られる成功体験は、「これから」を考えることにつながっていきます。自分がメンバーと接するときは、極力、方向感を示すに止めたい。コーチングを心がけ、ティーチングにならないようにしようといつも思っています。

 

フロントに対し、考え判断する材料を提供するのがCFOや財務経理部の仕事


数々の賞を受賞している

 

――エイチームにとって、CFOが果たす役割とは何でしょうか。

岩切: CFOは、財務や管理部門を軸とした経営マネジメントのプロとして、会社の経営を引っ張っていく存在とも言われます。会社によってはCFOが全社を統括し、多くのことを自ら判断し実行していくトップダウン型もあるでしょう。それが間違っているとは思いませんが、少なくとも当社のCFOの役割や期待値は少し違うところにあると考えています。

 当社は、営業や開発者を始めとして、常に新しいビジネスにチャレンジしていくフロントがエンジンの会社です。ゴールに向かって突き進んでいく行程において、経営者だけでなく社員全員に対し、物事を判断するための正しい情報と理解するための知識を適切に提供すること。それをもとに全員で考え実行していく機会を創出していくのが、当社のCFOのミッションだと思います。

 また、CFOや財務経理の役割は、サッカーに例えればゴールキーパーやストッパーのようなものでしょう。守りに転じたときにピンチやリスクの芽を早期に摘み取る、最後にゴールを割らせない、という強い意思やチームの中での役割認識は当然に必要なことだと思います。私のチームの行動目標の中に、「絶えずビジネスサポートとコントローラーシップの両輪を共に回し続ける」というのがあります。まさに、これがCFOとしての役割だと思っています。

 全社員が何をしたいか、なぜこうすべきなのかを自分で考え、チームや組織を巻き込みながら共鳴の面積を拡げていく、そういう文化を当社はとても大切にしています。自分自身も財務経理のメンバーも、同じ軸を持って更に行動していくことができたら、組織として強くなれるでしょう。

 

全てのリソースは「人」に帰結する

――今後力を入れていきたいことを教えてください。

岩切: 当面は、当社の売上が1,000億円を超え、更にその先の成長に向かっていくための強い組織づくりです。例えばこれからは、ますます海外との取引も増えるでしょう。新しいビジネスも次々と立ち上がりグループ会社も増えていくと思います。そうした近未来に備えて、会社の活動を遠心力で回るコマに例えたら、コマの軸にあたる管理部門、財務経理部門のメンバーがブレない力をつけることです。内部統制、新たな会計基準、グループ企業連結の高度化、ガバナンスの更なる強化といった様々な体制面への取り組みは、常にアップデートが必要ですが、全てのリソースは人に帰結します。

 それから、適切な判断のために、財務KPIのような皆が共有して目指せる財務指標もアップデートしたいと思っています。当社の場合は、経営層が決めた数字を「達成しなさい」と提示して終わりというスタイルは馴染みません。「これを目指せば自分の仕事や会社がより良いものになる」ということが腹落ちして、初めて強い力に昇華します。経営者・社員を含む全てのステークホルダーが、我々が目指す姿を定量的に目指していけるように、今後エイチームらしいKPIへと整備していきたいと考えています。

 


 「みんなで幸せなれる会社にすること」「今から100年続く会社にすること」がエイチームの経営理念。CFOの岩切氏を中心に財務経理部が強化されることによって、進化していくエイチームの100年後が楽しみです。

(執筆:吉川ゆこ/聞き手・写真・企画編集:野田洋輔)

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