出張・経費管理トレンド

第3章:経理・財務部門が抱える『データの壁』

SAP Concur Japan |

第1章はこちら
第2章はこちら

ここからは、第2章で触れた「見えないデータの壁」がどこに潜んでいるのか、そしてどのように乗り越えるべきかをご紹介しましょう。

AI活用を阻む最大の障壁は、技術の高度さではありません。
障壁は、第2章の最後でも触れた通り、データ基盤の整備が進んでいないこと=「社内データがAIの“燃料”として使える状態になっていない」 という、「見えないデータの壁」にあります。
多くの企業がAI導入を検討する際、この壁に初めて直面します。この“データの壁”は目に見えにくいため、気づかないままAIプロジェクトが迷走することも少なくありません。

サイロ化されたシステムが生む分断 

経理・財務部門には、会計システム、経費精算、購買管理、請求書処理、ワークフローなど複数のシステムが存在します。 そして、これらは相互に連携していないケースも多くあります。それぞれが別ベンダー製品で、データ受け渡しのたびに CSV や Excel の変換が必要となり、その都度フォーマットが崩れる、といったことを経験されている方も多いでしょう。 

現場では次のような問題が日常的に発生しているのではないでしょうか。

  • データの整合性がとれない 
  • AIモデルが理解できる形式になっていない 
  • 更新のタイムラグが大きく、リアルタイム分析ができない 

つまり、AIの分析以前に “最新のデータを集めること” すら困難な状態に陥ってしまっているのです。 

SHEIN が市場変化を即座に捉えられるのは、データがリアルタイムで統合されているからですが、多くの企業では、データ更新が月単位・人手作業で、AIが学習できる「連続データ」がそもそも存在しないのです。図形 

データクレンジングという「地味だが決定的な工程」

AI の学習精度を高めるうえで本当に重要なのは、モデルの高度さではなく データの品質であることは自明です。 
特に経理では、同じ取引先が 

  • 「㈱ABC」 
  • 「株式会社ABC」 
  • 「ABC Co., Ltd.」 

など、異なる表記で登録されている例が珍しくありません。
AIにとってこれらは別の企業と認識され、誤学習や重複集計を招き、結果の信頼性を大きく損なうことになります。

Netflix はこの問題を早くから理解し、公開情報によれば、AIに投入する前のデータに対して 

  • 重複排除 
  • 異常値の除去 
  • 欠損値の補完 

など、徹底的な前処理を行っているとのこと。この「地味だが不可欠な工程」が、お客様にとってより良い体験となる精度の高い推薦を生んでいます。

経理部門においても、データクレンジングは単なる整頓作業ではなく、AIが信頼できるデータ源を確立するための投資であると考えるべきでしょう。

“人”がデータを壊してしまう構造的問題 

もう1つの見えにくい壁が、『人手による例外処理』です。

経理の現場では、 

  • 「システムでは対応できない特例」 
  • 「上司の判断待ち」 
  • 「数値は正しいが形式が違う入力」 

など、人間が介入する機会も多くあります。
これにより、AIが学習できない『非定型データ』が生まれ続ける原因となります。

たとえば、 

  • 交通費の手入力 
  • 備品購入の自由記述 
  • 必須項目の未入力 
  • レシート写真の形式ばらつき 

といった状況は、AIの分析精度を大きく下げる原因となってしまいます。 

SHEIN が高速判断を実現できるのは、プロセスを極限までデジタル化・ルール化し、人の判断をできるだけ排除しているからで、言い換えれば「人が介在しなくても破綻しない仕組み」を作れるかどうかがAI成功の条件になります。

第3章まとめ:データの壁を越えない限り、AIは動かない 

AIは万能ではありません。もし学習データが不完全であれば、その結果も不完全にならざるを得ないのです。SHEIN や Netflix のように AI で成果を出す企業は、AIそのものより先に 「データを整備する仕組み」 を作っています。

経理財務部門がこういった『データの壁』を越えるためには、以下の 3つが不可欠でしょう。

  1. サイロ化したシステムをつなぐ 
  2. データのフォーマットを統一する 
  3. 入力・更新のプロセスを自動化する 

これらを実現して初めて、AIが継続的に学習できる環境が整います。

次章では、データを“資産”に変える第一歩として、SaaSによる間接費管理基盤の再構築がどのようにAI活用を可能にするのかを具体的に見ていきます。ぜひ第4章もお楽しみに。

第4章はこちら

ーーー
参考出典(第3章関連) 

  • Knauer, T. (2020). Determinants of information system quality and data quality in management accounting (MA) tasks. Springer. “Data quality is critical to adequately perform management accounting (MA) tasks …” SpringerLink 
     
  • Liu, G. (2020). Data Quality Problems Troubling Business and Financial Systems. Digital Commons, West Chester University. Discusses how poor data quality affects business and financial operations. Digital Commons 
     
  • Saleh, I. (2023). Big Data analytics and financial reporting quality. Journal of Financial Reporting and Accounting. Finds that volume, variety and velocity of big data positively impact financial reporting quality.  
出張・経費管理トレンド
AIエージェントが本格的に普及し、SaaS が『AIの動作基盤』として機能するようになると、これまでの「過去の数字を正しく集める」経理財務部門から、「データを読み解き、未来の意思決定を支援する部門」へと、経理財務部門の役割は大きく変わっていきます。 この変化を支えるのが、AIエージェントと SaaS の融合によって生まれる『人とAIの共創モデル』です。
もっと見る
出張・経費管理トレンド
経理・財務部門で AI を最大限に活かすために欠かせないのは、データの整備と継続的な蓄積です。ただ、その基盤を自社で構築することは容易ではありません。すでに複数のシステムが混在し、入力者も多く、業務フローが部門ごとに異なる、という企業も多いでしょう。このような場合、統一されたデータ形式を保ちつづけること自体が大きな負担となります。
もっと見る
出張・経費管理トレンド
ここから、AIを活用して飛躍的に成長した企業の代表例として、SHEIN と Netflix をあげてご紹介していきます。 両社はまったく異なる業界に属しているにもかかわらず、「膨大なデータを整備し、AIに学ばせることで意思決定を最適化している」という共通点を持っています。成功の核心は、派手な技術そのものではなく、地道な「データマネジメントへの執念」にあるのではないでしょうか。
もっと見る